飛鳥のとんど

2006・1・15

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明日香村字飛鳥のとんど


毎年1月14日に行われる飛鳥のとんど。
06年は、雨天順延となり、15日に行われました。

とんどは、地域によってもその呼び名も様々です。
「どんどん焼き」、「どんど焼き」、「とんど」、「どんど」、「どんど焼き」、「どんどろ祭り」、
「どんだら焼き」、「左義長」、「三九郎焼き」など、まだまだ他にありそうです。

一般的に正月の松飾り・注連縄・書き初めなどを持ち寄り、
藁や竹で組んだものに積み上げて燃やすというお正月の火の行事 です。

また、残り火で鏡餅を焼いて食べれば一年間健康でいられるとか、
書き初めを燃やして高く上がれば、書道が上達するなどと言い伝えられています。
無病息災や五穀豊穣を祈る親 しみのある民間行事と言えるのではないでしょうか。











在所の小学6年生による点火式







とんどの由来は、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、
炎と共に見送る意味があるのだそうです。
お盆の送り火みたいなものと考えると共通性はあるようにも思えます。

元々は、平安時代の宮中行事がその起源とされる説があります。
平安時代の宮中で、小正月に清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て、
毬杖(ぎっちょう)三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、
陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があるそうです。

左義長の名は、三本の毬杖を立てたことに由来するようですが、
この漢字が何故当てられたのかは、σ(^^)には分かりませんでした。
毬杖はゲートボールのスティックのような物のようです。

これが民間に伝わり、民間信仰と結びついて今の形になったとされるようです。。


































とんどの火は提灯などに移され、各家庭に持ち帰られます。
持ち帰られた火は、翌日まで灯明として置かれ、
明朝作られる小豆粥の火種とされます。










字飛鳥のとんどが勢いを落とした頃、
字川原のとんどが燃え上がりました。




明朝、炊かれた小豆粥は、地蔵尊や各家のあちこちに供えられます。
昔は、田毎にも供えられたとも聞きました。
写真は、八釣の集落のもので、柏の葉に小豆粥とお餅を乗せるのだそうです。
小豆粥は、新年にこれを食べると一年間の邪気を払い、
また万病を除くとされているようです。これも平安時代からの風習だとか。

木の葉にご飯を乗せるというと、歴史好きのσ(^^)などは
つい有馬皇子の歌を思い出してしまいます。

万葉集 巻2−141 ・ 142  有間皇子
磐代(いわしろ)の 浜松が枝(え)を 引き結び ま幸(さき)くあらば また還り見む
家にあれば 笥(け)に盛る飯(いい)を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る
葉に盛る飯は、自らが食べるためのものであったとも、
神への供物であったとも言います。



八釣の水仙





八釣の蝋梅












供えられた小豆粥を撮りに行った八釣の集落には、蝋梅が見事に咲いていました。





σ(^^)達の憩いの場  は、撮影の基地として遅くまで開店してくれました。

ご一緒してくださった河内太古さんのページ & 泉太郎さんのページ

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